東京都台東区日本堤 17:34





スーパーで買物したあと、レジの前にあった尾道ラーメンのカップ麺が欲しくなり、また店に戻る。

そのとき店から出てきた老人が、店頭に積んであったたみかんが7〜8個入ったオレンジ色のネット袋をひとつつかんでそのまま立ち去ろうとするので、思わず声をかけてしまった。おいおっさん万引きするんか。

フェルトのソフト帽に黒縁メガネの小柄な彼は「買ったんだよ」と抗弁するから、レシート見せてみと言うと、観念したのかスボンのポケットから小銭をつかみ出して僕に百円玉を一枚差し出すと、「オレ、脚が悪いからさ、これで買って来てくんねえか」と言う。

百円でそのみかんが買えるわけがないし、どうみても彼は金を持ってない。

みかんを置いて帰っちゃいなよ店員には言わないから。

そう言って店に入ろうとすると、彼は僕を押し留める。「それじゃオレの気がすまねえから、買って来てくんねえか。ここで待ってっから」っを詰まるように発音する東京言葉で彼は言い、小さな財布を取り出すと、なけなしの千円札を一枚僕に差し出した。

そこまで言うなら仕方ない。僕はみかんをひと袋持って店に入り、もともと買うつもりだったカップ麺を二つ、レジで別々に会計してもらう。

少し時間がかかったせいで、店の出口にが待ち構えるようにして彼がいた。買ったみかんとお釣りを彼に渡す。

「あんた背が高いな。モテんだろう」かみさんがいるんだ。「そうか。オレは十人いるよ」一瞬子どもかと思ったけど、女の数だった。

すごいな、そんなにがんばったのか。「がんばらねえよ、開かせんだよ」彼はそう言って指を一本顔の前に立たせる。

彼がどんな人生を送ってきてこの街に住んでいるのか知らないけれど、一緒に飲んでみたいなとちらりと思う。

きっといろんな話が聞けるだろう。あることないこと混じらせて。

これあげる、と僕は尾道ラーメンのカップ麺をひとつ差し出すと、彼は嬉しそうに「ありがとうな」とそれを受け取り、そこで僕と彼はお互いに手を挙げて別れた。

彼は今日と同じように今までも何度もやってただろうし、おそらくこれからもするだろう。それでも僕は彼を責める気にならない。そういうものだ。

それにしても、と僕はホテルに戻りながら思う。もしみかんを万引きしようとしたのが屈強な男だったら、僕は声をかけただろうか。