三原由宇出張写真室

2018年5月31日木曜日

尾道 18:54


 

   
気持ちよく晴れて数件の発送を済ませる。
  
2年前に黒猫がメール便を廃止してから、DVD-Rのみの発送には普通郵便を使っている。
郵便局に持ち込んでスタンプを貼り付けるだけなのも味気ないので、毎回いろんな種類の記念切手を何枚も貼って出している。
決してふざけてやってるわけではありません。
 
水で濡らさなくてもすむシール式の記念切手があって、デザインがよければそれを重宝しているのだけど、最近のそれが明らかに紙質が落ちたのがやや気になる。
 
もちろん郵便会社も利益を出さねばならぬから、コストを削減するのは理解できる。とはいえ、しっかりした厚みのある光沢紙だった切手が薄く再生紙を使ったようなものになってしまい、なんとなくわびしい気持ちになるのも確かである。近年、加工食品などが価格を据え置いて内容量が減らされているが、それと似ている。
 
昨年見た映画「この世界の片隅に」で、モノが少しずつ減ってゆく戦前の社会の様子が描かれていたが、現代も同じような状況なのだろうか。
 
僕が社会に出たときは、ちょうどバブル経済が破綻したときで、それから社会から少しずつ余裕が失われているのだけど、その行き着く先はどうなるのか。日本が80年前と同じ道を辿らないように願うばかりである。
 

2018年5月29日火曜日

東武鉄道伊勢崎線獨協大学前駅 12:14




  
 
 
 
 
毎年撮っている彼女に今年も会えた。
人間の年齢に換算するとおばあちゃんなのだけど、元気そうで何より。
曇りがちでそれほど暑くないお天気なのもよかった。暑いと舌が出た写真になってしまうから。
 
ちなみに昨年はこんな写真。
https://miharayuu-monophoto.blogspot.jp/2017/05/1154_31.html
  
撮影終えて、お昼にはちょっと早いけど駅前通りのラーメン屋さんに入ると店内は薄暗くて、まだ開店していなかった。「準備中」の札がかかっていなかったのだけど、店の奥の厨房から奥さんらしき人が「ごめんなさーい」と言う。
外で紫陽花の写真を撮りつつ、11時半になるのを待って入る。
  
天井の明かりが灯っても、店内はそれほど明るくなく、中華鍋を振る主人と注文を取ったり洗い物をしたりする奥さんの二人しかいなかった。整然と並んだテーブルと椅子は昭和のデザインである。ラーメンを注文をしても出てくるのが遅い。もうすぐ12時だから、お客さんが次々に来るかと思えば、もう一人男性が入って来ただけで誰も来ない。離れたところにあるテレビの音がよく聞こえる。
  
ラーメン屋なのにこんな調子でよいのかと心配になるが、きっと二人にとってはこのペースがよいのかもしれぬ。
出てきたラーメンの麺は柔らかく、スープは尖ったところのない丸い醤油味。この駅に降りる機会があったらまた来よう。
 






2018年5月28日月曜日

東京都台東区日本堤 17:29



 
 
 
撮影ないのでホテルにこもって画像処理。
撮影と画像処理と発送作業とその繰り返し。我ながら地味な毎日だけど、そういうものです。
 
結婚式の撮影をご依頼いただいた方からメール。
どうやら持ち込み禁止の式場で、知り合いとして撮影に入ることになるのだが、式場にバレないかどうか心配されている。
 
これはもう間違いなくひと目見てわかることで、大型のカメラバッグ2つに動画撮影用の三脚を2本提げてゆく結婚式のゲストはどこにもいない。式場の担当者も「写真は知り合いのカメラマンに頼む」と聞いた時点で、外部のフォトグラファーを持ち込みするとわかることだろう。
   
「お客さん」である新郎新婦にかようないらぬ心配をさせる結婚式場というのもどうかと思うが、そういう式場が日本全国どこにでもあって、それがスタンダードになっている現状はなかなか変わりそうにない。
 

2018年5月27日日曜日

京王電鉄京王線分倍河原駅 16:41

  
 
 
 
風薫る五月も終わり。
さほど暑くはないが、ママは赤ちゃんに陽射しが当たらないように気を遣う。パパも抱っこがまだおぼつかない。新米パパとママの様子は見ていて微笑ましい。

1年前、札幌で前撮りをしたカップルに新婚1年目で赤ちゃんができた。おめでとう。
https://miharayuu-monophoto.blogspot.jp/2017/05/1129.html
  
お宮参りを終えて、自宅に帰って赤ちゃんの写真を撮る。
部屋の中は明るいとはいえないが、寝ている赤ちゃんなら窓からの自然光で十分。明るくないときれいに撮れないと思っている人が多いけど、それは間違いです。
 
祝い着を広げてその上に赤ちゃんを寝かせると、そのままフォトスタジオになる。
iPhoneで一枚撮ったママはその写りにテンションが上がったらしい。「めんこちゃんめんこちゃん!このめんこちゃんはどこの子〜!」興奮気味にシャッターボタンを押し続ける。
 
赤ちゃんはめんこい。ママは福島県郡山の出身である。
 
 






2018年5月26日土曜日

宮崎空港 18:05

  
 
 
 
空港で搭乗を待つ間に西の空が明るくなってきた。
ベンチに座って仕事していたら、背後をスーツ姿の男たちが数人で「あ、晴れてきましたね」「今頃晴れたっておせーんだよ」などと東京弁でしゃべりながら通りすぎる。彼らも同じ飛行機に乗るらしい。
 
宮崎空港から離陸するとすぐに海に出る。
東側の窓側席を予約していたが、空いていたので西の窓側に席替え。茜色に染まる空を見ないのはもったいない。九州の山なみに隠れようとする夕陽を眺める。飛行機が高度を上げ続けているせいか、溶け落ちる鉄の雫のような太陽はなかなか沈まない。

 




宮崎県椎葉村下福良 12:49


  
 
 
 

雨に降られながら、ご自宅から数キロ離れた山の中にある「大久保の大ヒノキ」を見に行く。
村道を離れて落石が転がっている山道をゆくと、一軒家の庭先を駐車場にしてあって、トイレまである。遊歩道も整備されているがコンクリで固められた斜面の下は赤茶色の土が剥き出しになっていて、いつか崩れる日が来るだろうと思う。
  
見えるものは深い森に覆われた山だけで、木々から滴る雨に濡れながら歩くと、突如として雄叫びを上げる熊のような巨木が姿を現す。首を90°にそらして見上げる木の持つ力に圧倒される。
   
「まだ見つかってないだけで、(山の中には)ほかにもっと大きな木がありそうな気がするんですけどね」とパパは言う。その通りかもしれない。彼はへき地医療に携わる医師である。家族が椎葉村で暮らして3年目になる。ヒノキの全体を入れて家族写真を撮ると人が米粒のように小さく写る。そういう写真はふだんあまり撮らないようにしているけれど、これは記憶に残すため。
  
もうすぐ一歳になる赤ちゃんがあまり馴れてくれなかったのが残念だけど、思い返せば3年前のお兄ちゃんもぜんぜん笑ってくれなかったっけ。兄と妹はよく似ている。

 





2018年5月25日金曜日

山陽本線尾道駅 8:35

  
 
 
 
 
新幹線と特急に乗れば6時間半で日向市で、そこから1日に2便のバスで2時間半揺られて夕方には宮崎県北部の山あいの小さな村に着いているというのは、なかなか不思議な感覚です。
 
椎葉村に行くのは4回目。車幅ぎりぎりの細い山道を走る宮崎交通のバスにも感動しなくなってしまった。それより晩酌用の炭酸水を買おうと思っていた村に一軒だけしかないスーパーが改装工事中で、離れた場所にプレハブの仮設店舗が建っていたのにびっくりした。
 
仮設店舗は狭い。ぎりぎりまで扱い商品を絞り込んだという感じがする。それでも惣菜類の小さな棚にはブリの刺身が6切れ入ったパック(350円)が半額になって残っていて、手にとってしばし逡巡したが棚に戻す。晩ごはん用の惣菜は日向市のスーパーで十分すぎるほど買っている。
  
明日には廃棄されてしまうのだろうかと思うと、はるばる椎葉まで運ばれてきた刺身に申し訳ない気がするが致し方ない。僕が店を出ると入口の扉に鍵がかけられた。夕方6時で閉店なのである。
 















2018年5月24日木曜日

尾道 10:51

 
 
 

 
昨日の雨が一転、爽やかな五月晴れ。
気持ちよすぎて仕事をせずにぼーっとしていたい。今日は全国的にそれが許される日だったはず。
 
夕方、明日乗るきっぷを買いに駅に行く。
乗車券を日豊線の日向市まで買おうと思っていたが、翌々日は宮崎空港から飛行機に乗るので、宮崎空港まで通しで買う方がよい。
 
機械が吐き出した切符に窓口氏が何か書いていて、見たら経由路線である日豊線のあとに、宮崎空港線を書き足していた。細かく言うなら日南線(南宮崎〜田吉間)も必要なのだけど、まあ書かなくても大丈夫です。
    
日向市から上椎葉までのバスは片道2400円。宮崎交通の1日乗車券(1800円)はコンビニで買える。
ご縁があって毎年椎葉村まで呼んでいただいている。この仕事をしなければ行くこともなかったろうと思う。不思議なものである。




2018年5月23日水曜日

尾道 18:54

  
 
 
 
発送作業の続き。しとしと降り続く雨に外に出られず。
 
アメフト試合での反則行為で大学の上層部の人たちが頭を下げているが、責任を回避していると世の非難を浴びている。
大学に限らず、公文書を改ざんする官庁も、過労死で社員を死なせる企業も、組織というのは上の人たちを守るようにできていて、組織の下部に位置する人たちに問題が押し付けられる。
 
これはもう今に限ったことではなく、組織とはそういう性質を持つものなのであろう。組織が守るべきは組織であって個人ではない。
 
そろそろ誰もがそういう仕組みに嫌気がさす頃ではなかろうか。だんだんと組織に参加する人が減っていき、そうしてあと100年くらいしたら組織というものがなくなって、人が作った組織ではなく、AIが作るネットワークのなかで細々とできる仕事をしているように、なるだろうか。会社というものが肌に合わずに辞めて、フリーランスで働く男の妄想です。
 
 

2018年5月22日火曜日

尾道 18:16

 

 
 
データの整理と発送作業。
撮影がないときも仕事は待ってくれない。
 
フォトグラファーという仕事で生活しているくせに、お金をもらわない撮影をしたいと思っているのはおかしいのだろうか。写真が自分の手元に残れば対価はいらないような気がする。まあ、あくまで気がするだけであって、現実はお金がなくてにっちもさっちもいかないのであるけれど。
  
「とある日」の撮影は無料だが、それはそうしなければ誰もごくありふれた日常の写真なぞ残さないだろうと思うからである。お金につながるようなことはまったく考えていない。自分が撮りたいからというよりも、単なるおせっかいに近い。
  
どうも僕のやりたいことは、そういうおせっかい的な撮影であるようだ。
今年の夏休み時期に撮ってみたいのが「はじめてのひとり旅」。
この仕事を始めた頃に赤ちゃんだった子が、次々に小学生になっている。そんな子どもたちが初めて自分たちだけで電車に乗ってどこかへ行く様子を写真と動画で撮ってみたい。誰かチャレンジする子はいないかな。
  
ちなみに僕が初めて親なしで弟を連れて列車に乗ったのは小学二年生の夏休みだったと記憶している。長崎から祖母の家のある北九州まで約4時間の旅であった。電車が好きだったから、さして不安もなく余裕で小倉駅に着いたのだが、祖母にはそれが嬉しかったらしく、近所の人に「この子はひとりで電車に乗ってきた」というのを自慢していたのを今でも覚えている。