荒川土手から赤羽駅に戻る途中には

 
 
 

荒川土手から赤羽駅に戻る途中には古いお店がいくつか残っていて、僕の目を引く。
 
昭和時代に建てられたと思える3階建の商業ビルがあり、通りに面して1軒だけ店の明かりが灯っていた。
 
呉服屋の看板が出ているが、高齢者向けの花柄ワンピースやシャツも置いてある。ちょうど中から杖をついて出てきたおじいさんが店じまいをするのかと思ったら、僕に向かって張りのある声をかけてきた。「この猫かわいいでしょ」



店の真ん前の真ん中に猫の形の座椅子が置かれてある。僕はおじいさんに近寄った。
 
「この猫珍しいんだよ。どこから来たと思う?ドイツだよ。西ドイツ」
 
座椅子は新品に見える。ベルリンの壁が崩壊したのは1989年だから、30年以上昔のものとは思えない。そもそもドイツで座椅子が作られているんだろうか。
  
「この猫挨拶するんだよ。はいコンニチハ」と言いながら、おじいさんは座椅子を折りたたむ。猫がお辞儀した。「こうやるとねえ、小さい子が喜ぶんだよ」
 
おじいさんの話は止まらない。
 
「僕、いくつに見える?96。ほんとは95だけど、あと何ヶ月かだから」その年でなぜサバを読むのかわからない。
  
「ジョークが大事なの。面白いこと言ってわーっと笑うでしょう。それがいいの」
 
それはまったく同感です。 
 
でも猫は西ドイツ製って3回くらい繰り返したから、本当なのかもしれない。楽しい話を聞かせてもらったお礼を言って、僕は店を離れた。
  
おじいさんは言った。「赤羽来たら、また寄ってってよ」
 

 
おじいさんは猫をしまってシャッターを下ろし、店は夕闇の中に消えるのだろう。