横浜線相模原駅 20:26
朝のどたばたに始まり、昼のだらだら、夕方のぐだぐだを撮るのが「とある日」の撮影である。
平日のパパは早朝に出勤、深夜に帰宅するらしく、昼間は完全に母子だけの時間。
食事を作り、保育園を休んだ次女と三女と遊び、小学生の長女の一向にはかどらない公文の宿題を見ているうちに夜になった。
文章にすれば、おそらくどの家庭でも見られる光景が目の前で繰り広げられる。
けれども、それはやはり同じではない。家族という登場人物が違うと、まるで違った一日の物語になる。家族であることの難しさと楽しさはそこにあるような気がする。
以前、なぜ「とある日」を撮っているのかと、とある家族に聞かれたことがある。
僕は「とある日」の写真に立派な意味や意義は求めていない。
こういう形でなければ、家族のなんでもない一日を写真として残せないから撮っているだけだ。
わかっているのは、この毎日続く「とある日」が、いつか家族の歴史になっているという事実だけである。
この日の「とある日」写真はこちら。