京浜急行電鉄本線金沢文庫駅 17:15
朝8時半に駅で待合せというスケジュールに彼女は参っていた。
自宅で洋服の修理や補正をしている彼女は、いつも夜に仕事をしていて、朝は9時過ぎに起きるらしい。彼女にとっては慣れない早起きでぼーっとしている。
それにひきかえ彼は元気だ。「(彼は)朝5時に起きてるんですよ」と彼女は呆れたように言う。
「朝の清々しい空気のなかで撮りたかったんで」と彼は車を運転しながら真面目に答える。
ちなみに予約のメールでは朝7時半に待合せであった。それは無理だからと彼女が1時間遅らせた。
今はまだ別々に暮らしていて、来月入籍。そのあと一緒に住むそうだ。
生活リズムがそんなに違って大丈夫なんだろうか。他人事ながら心配になる。
彼女は人生の折り返し地点に差し掛かる頃、彼はすでに人生の後半戦である。
最初の撮影場所は、誰もいない寂れた公園であった。
てっきり三浦半島の海辺に行くのだと思っていたので、少し戸惑った。
彼は写真を撮るからと気張っていろんなポーズを取りたがる。
彼女はそれを楽しんでいるのかどうかわからないけど、生あたたかい笑顔で付き合う。不思議なカップルだなあ。
二人で一緒にいれば居心地がよいのだろう。
僕がポーズを指示しなくても、ただそこにいて勝手に二人の時間を過ごしている。構えるところがない。それを撮ればいいだけだ。
公園の次はまた車で移動して、半島の高台に上がる。
公園でも何もない、ただスイカ畑が広がる場所である。風景の中に「映える」要素はまったくない。
「のどかでしょう。たまに二人でここに来てぼんやりするんですよ」彼は満足気に言う。
なんだか自分を見ているようだ。彼の好みは僕に近い気がする。
二人一緒に暮らし始めれば、いろんな生活習慣の違いに喧嘩もするだろう。
もうすでに十分な大人である二人だから、心配することはない。ゆっくりと馴染んでいけばいいだけだ。
道端に咲いている紫陽花を見て「誇らしげに咲いている」とつぶやく彼に、詩人ですねと言ったら「そう!この人いつもこうだから、もうスルーしてる」と彼女が勢いよく同意してくれた。
ロマンチストには有名な詩の一節を贈ります。
健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい
そして なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても 2人にはわかるのであってほしい
「祝婚歌」(吉野弘)