尾道 18:20

 
 

 
初めて僕のスタジオを訪ねるお客さんは、たいがい階段と坂道を上がって息が切れ、入り組んだ路地に迷う。
 
申し訳ないなあと思いつつ、今日も道に迷ってかかってきた電話に出た。
  
紺色のジャンパーを着た初老の男性は、疲れた表情で路地に現れた。「暑い」を連発する。今日は暖かい。スタジオに扇風機を入れた。汗が引くのを待って撮影を始める。
 


彼は高校を卒業して広島市で消防士を勤め上げ、今月で定年退職する。
  
いつも作業着で勤務しており、制服姿になるこことはあまりないらしい。結婚式で見かける礼服のことを尋ねたら、あれは借りるものだと教えてくれた。
 
 

紺色のブルゾンを着ていたときは「休日のおじさん」といった風情であったが、制服姿になると一変。やはりというべきか、緊張感のある雰囲気に変わる。 僕が女性だったらこれだけで萌える。
     
印象に残った仕事を尋ねたら、2014年8月と2018年7月の土砂災害とのこと。そのほか熊本地震など遠隔地の災害にも派遣されたという。
   
彼が静かな落ち着いた口調で「あれはたいへんだったなあ……」と呟くと、かえってそのときの困難さが浮かび上がる。
 
生死の危険と隣り合わせで働くには、体力も精神力も強くないといけない。ファインダー越しに彼の横顔を見ながら感じる。
  


制服から私服に着替えて撮る夫婦の写真は、彼にとっては初めての体験だった。
 
夫婦で手を繋いでもらったり、顔を近づけたり。ふだんやらなさそうだったけど、やればできるもんじゃねえ。
 
彼は照れながら、生来のひょうきんな性格が顔をのぞかせる。
 
でもその魅力を引き出したのは僕ではなくて、彼の奥さん。撮影時には、だいぶがんばっていただいたと思う。ありがとうございました。
  

  
退職したら、1ヶ月ゴルフして過ごしたいという。
 
緊張感のある仕事から解放されたら、しばらくのんびりしたいだろう。
 
人生のひとつの区切りで、新しいことを始めるためにも、写真を撮るのは有効です。
 
42年間の彼の仕事に敬意と感謝を込めて。
 
 




 

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