尾道 12:09

 
 

  
雨上がりの街はしっとりしていて、対岸の向島の山なみが白くぼんやりと霞んでいる

海岸沿いにある大漁桜の下を羽織袴と白無垢姿の新郎新婦はゆっくり歩く。
 
薄紅の花に花嫁姿がよく似合う。今年は桜が早く咲く。タイミングがよかった。
 
 
 
古いお寺で撮影するとき、新郎は老人ホームにいる祖母に前撮りの様子をスマホでライブで映して見せている。
 
「テレビ電話」なんて言葉が僕の子どもの頃にあったが、それがいつのまにか現実化しているのが、いまだに不思議に思える。
 
「またあとで写真送るから」と新郎は祖母に言う。
 
老人ホームのヘルパーさんに手伝ってもらいながら孫と会話したお祖母様が、スマホで写真を見られるかどうか少々あやしい。
 
やっぱりプリントした写真を送るほうがいいだろうな。 

印画紙に焼いた写真のリアルさは、スマホの小さな画面で見るそれとは比べ物にならないから。
 
 

撮影が佳境になると、新郎がなんとなく落ち着かない。
 
彼が新婦に向かって人差し指と中指を顔の前に立てる。ちらりと見せたそのしぐさですぐにわかった。
 
着付けの部屋のテーブルにハイライトの青い箱とライターが置いてあったのを覚えていた。
 
ハイライトを吸うくらいだから「ヘビー」な部類に入るだろう。
 
どうやら袂に入れているらしい。
 
一服させてあげたいのはやまやまだが着物だしなあと考えていたら、新婦が「もうちょっとがまんし」と言い、彼は仕方ないと観念してハイと従う。

着物を脱いでからのタバコは美味しいはずだ。