山陽本線明石駅 17:46
山に挟まれた小さな駅に降り南へ歩くにつれて、少しずつ潮の匂いが強くなってくる。
黒いワンピースに白い小さなバッグを斜めに掛けた12歳の少女は夏の陽射しに照らされた川沿いの道を海に向かって歩く。
ジブリ映画「魔女の宅急便」のキキみたいだなと思う。赤いリボンの代わりに赤いフレームの眼鏡をかけている。黒猫はいない。
カメラを向けるとすぐに笑う。
楽しくて笑っているように見えるけれども、半分くらいの笑顔は作られたものだとわかる。写真を撮る僕に気を遣っているのだ。
いつも賑やかな子だなあと思っていたけれど、本来彼女は周りを観察してよく気がつく子なのだった。
古い昭和のアーケードが残る商店街は薄暗い。彼女は本気で怖がっているので、写真を撮らずに出てしまう。
朽ちたような木造家屋の前ではオバケが出てきそうな気がするらしい。
そういう感情は大切だ。それが彼女なのだから。
ずっと昔は小さな寒村だったと思われる浜辺の集落を抜けると、ごつごつと赤茶けた岩場のある磯に出る。
彼女はずんずん歩いてゆく。
石組みの短い堤防があり、そこが旅の終点にしようと考えていたのだが、彼女はそこからさらに南に見える長い堤防に行こうと言い出す。
距離は100メートルほどだが、途中に道はなく、ところどころに潮溜まりのある岩場を用心しいしい歩く。
半分ほど来たところで、まさかそこまで行くとは思ったなかったとこぼしたら、彼女は「ここまで来たら行くしかないっしょ!」と力強く言い切る。
さっきは川沿いの堤防に上がるのさえ怖がってたくせに、なぜだかわからん。
大きな岩の上に上った彼女は小さな冒険者である。
繊細さに同居する大胆さ。不安を乗り越えて彼女の新しい世界が広がる。
あと、身長を伸ばすには牛乳ではなく睡眠だと思うぞ。
兵庫県明石市まで。