伊賀鉄道伊賀上野駅 17:50

 
 


「あっつーい!」少女は頭の上で両手で重ねて叫ぶ。
 
彼女のつややかな黒髪は落ちてくる真夏の陽射しを吸い込んで熱そうだ。
 
冗談でじゃあ茶髪にするかと言ったら、「チャパツってなあに?」と聞き返される。

純粋無垢という言葉が頭に浮かぶ。そうか君はまだ大人の階段昇るシンデレラ。


 
十二歳の「青旅」である。
 
電車の中で、おや?と思った。彼女は窓の外を眺めるでなしに、どこかへ視線を漂わせる。
 
目に映るものではなく、まるでVR動画を見ているかのようだ。彼女だけに見えている世界に行っているらしい。
 
名前を呼ぶ。3回くらい呼んでようやく彼女は僕に振り向く。呼び戻して申し訳ない。写真撮らせてくれるかな。
 
 

何を空想してたのか聞いたら、お菓子の家だそうだ。それがあればいくらお菓子を食べても困らないという。

少女らしい夢と微笑ましいが、もしかしたら彼女は大人になっても同じ夢想をしているような気がするな。
 
そしてそれを本当に実現しているかもしれない。 
 


近鉄から伊賀鉄道に乗り換えて小さな駅で降り、青々とした田んぼの中の一本道を歩く。

青空のキャンバスには白い羊雲がいくつも描かれている。
  
「わたしこういう所がいい」と彼女は言う。気に入ってもらえてよかった。グーグルマップで一生懸命ロケハンした甲斐があった。
  
雑木林を抜けると川に出る。そこが旅の終点。
 
誰も来ない細い橋の上で彼女はいっそう伸びやかになる。
   
シンデレラは夢見る少女のまま大人になって自分で幸せを見つけるのさ。
 

東海道本線名古屋駅 8:33 奈良県王寺町まで。 朝のラッシュ時間だが名古屋からの下りは空いている。一緒に乗り込んだ若い女性は着席するなりメイクに余念がない。そんなに顔作らんでも素顔で十分かわいいのに。

東海道本線岐阜〜西岐阜 8:57 濃尾平野は熱がこもりやすいのだろう。「意地悪」と形容したくなるような暑さである。

大阪環状線大阪駅 11:27 大和路快速で本日の撮影に。


伊賀鉄道伊賀神戸駅 17:11 本日の撮影無事終わり。12歳女の子の「青旅」。猛暑のなかよく歩いてがんばってくれた。カメラの前で一人になると同伴の母親の姿を探してしまう幼さがまだあるけれど、たぶんこれから変わってゆくだろう。思春期の少女は成長が著しいから。





関西本線伊賀上野駅 17:51 名古屋に戻る。 本来幹線だったはずの関西本線だが、今は完全なローカル線。電化整備すれば名阪の近鉄特急に対抗できると思うんだけど、JR西日本はもうやる気がない。







関西本線亀山駅 18:36 名古屋行きに乗り換え。関西線はここでJR西日本からJR東海へ管轄が変わる。 駅前広場が再開発されて、昭和の古びたビルはなんの面白みもない建物に変わっていて愕然とした。


名古屋市中村区太閤 20:44
塾帰りの娘のバッグを肩に提げて一緒に歩く父親。どんな会話を交わしているんだろう。二人にとってはこのなんでもない時間を後ろから眺めていると、とても幸せそうに思える。