和歌山県田辺市湊 15:40
ときおり白いすだれのような雨が玉砂利を叩く。
台風24号から吐き出される雨雲が次々と紀伊半島にやってきている。
風がないのが幸いで、雨雲の合間を縫って神社の境内で新郎新婦の写真を撮る。
闘鶏神社の神主さんはサービス精神旺盛な方で、挙式の誓詞奉読のときはもっと前に来て撮れと指示し、指輪交換のときは新郎新婦の動きを止めてカメラを見るように促したりと、撮っているこちらが戸惑うほどであった。
挙式の前、親族控室で写真を撮りつつ部屋の中の会話に紛れ込む。
新婦の祖父母は伊予の人で、愛媛県西条から来たという。60年前の二人の新婚旅行先は奇しくも孫が挙式をする田辺市の近く白浜だったそうで、これも何かの縁であろう。
新幹線すらない昭和30年代前半、四国から南紀まではかなり時間がかかったろう。
まず四国を出るには高松から宇高連絡船に乗らねばならない。そのことを言うと、お祖父さんは嬉しそうに「汽車が高松に着いたら、ぱーってこの 人(お祖母さん)が走り出してね、びっくりした」と当時の思い出を話し出す。
当時、連絡船との乗り換えは競争だった。お転婆だったんですね、と合いの手を入れると、おしとやかに見える彼の妻は笑って「つむじが二つあるから」と言った。
動画撮影も依頼されていたので、雨を待つ間、新郎新婦にインタビューを試みる。
新郎はもともとインドアな性格で、新婦と出会って初めて海外旅行をしたという。彼は自分の視野を広げてくれたと彼女に感謝の弁を述べる。彼女はアウトドア好きで活発な人であるらしい。
今日は大人しそうに見える新婦も、もしかするとお祖母さん譲りのやんちゃな性格なのかもしれない。そう思って祖父母との記念写真を撮るときに彼女に聞いてみる。
「え?ひとつですよ」なぜそんなこと聞くのかと彼女は不思議そうな顔で答えた。
結婚おめでとう。末長くお幸せに。