豊橋鉄道東田本線市役所前 14:38
豊川の川面を吹く冷たい風に吹かれながら、若い二人は顔を見合わせて恥ずかしそうに笑う。
前撮りをしていて「萌える」場面である。初々しくっていい。おじさん域に達したフォトグラファーはそんな二人が羨ましい。
スラリとした彼女はウェディングドレスが似合うことだろう。花嫁の父はきっと晴れがましい気持ちになるはずだ。
二人の結婚式は春三月である。
撮影終えて、豊橋駅から再び東海道線の乗客になる。
豊橋から尾道までは約9時間である。尾道に着くのは日付が変わる頃になるが、今日中に着きさえすればよい。電車の中では仕事ができる。
岡山駅で三原行きの最終電車に乗れた。尾道まではあと1時間ほど。
いつものように岡山駅のコンビニで缶チューハイなどを買い込んである。仕事にキリをつけて飲み始めた。
お酒を飲むと気持ちよくなって眠くなるのはごく自然なことである。
電車のドアが閉まり、駅を出たなと気がつくと、車掌のアナウンスが聞こえた。「次は終点の三原です…」
尾道を通り過ぎてしまったらしい。乗り過ごすなんて久しぶりのことだなあと、真っ暗な車窓に映る自分を見る。
三原に着くとちょうど反対方向へ行く電車が来たので急いで乗り換えるが、尾道の手前の糸崎止まりであった。これで今日の電車は終わりである。
糸崎駅で降りたのは僕のほかに男が一人だけで、彼は駅を出ると夜の闇の中へ消えていき、僕は一人待合室に取り残された。
尾道は糸崎の隣駅なのだが、9km離れている。歩けば3時間くらいで着くだろうが、30kgの荷物を提げて海沿いの歩道もない国道2号線を深夜歩くというのは無謀な挑戦に思える。
怒られるのは覚悟でミチコさんに迎えに来てもらおうと電話をかける。眠そうな声で「夜飲んじゃったから運転できない」。あっさり電話は切れた。
僕は冷たいベンチに横になる。ハードボイルド。深夜料金を払ってタクシーで帰るなんて軟弱なことはしない。無人駅で夜明かしするのは男の美学だ。ただ寒い。