東北本線仙台駅 9:45
秋晴れの空の下を、電車はひとつ一つの駅に止まってはまた走る。
仙台を朝10時に出れば静岡県掛川に着くのは夜10時である。
9割方の人は新幹線を使うだろうが、残りの1割には僕のようなヒマ人もいて、東北線を南下する電車を乗り換えてもまた同じ電車で顔を合わせて、まだいるなと思う。たぶん相手もそう思っているであろう。
白石から乗る福島行きの電車は2両である。
座席は横一列に並んで座るロングシートで、車端部は三人掛けになっている。
そこに一人の男が座って残りの二席分に荷物を置いていたから、そこに座っていいですかと尋ねたら「なんでここに座んだよ」と予想外な返答が来る。「ほかにも空いてんだろ」
車内を見れば空席はあるが、四両の乗客が二両に乗り換えるので、ガラガラに空いてるわけではない。これから福島に近づくにつれて乗ってくる人もいるだろう。
もとよりローカル線の電車が指定席はない。彼の主張にはなんの正当性もないから、ここに座りたいんだけどと押して言ったら彼は渋々ひとつぶんの席を空けたので、僕はそこに座る。彼との間には彼の荷物が置かれているが、それはまあいい。
思うに、彼はその三人掛けのシートを独り占めしたかったのだろう。
誰もが座れる座席を占有することに、良心の呵責はなかったのであろう。
彼のような人は決して珍しい存在ではない。
問題は、彼のような人々と共存していかねばならないことにある。
そのために法律や道徳とというものがあるんだろうけど、根本的な部分で分かり合えないというのはいかんともしがたい。
その理解の溝は昔から今まで至るところにあって、争いの元になっているけど、そのうち人間を超える存在が解決してくれるだろうか。あのAIというもので。