備後商船常石港 18:12




  
 
 
 
蝉時雨にツクツクボウシの声が混ざり始めた。夏はゆっくりとその盛りを過ぎようとしている。
 
尾道市の外れの山腹にあるリゾートホテルで、東京から遊びに来た母娘の写真を撮る。
 
女の子は九歳になるので、当然ながらカメラを意識する。声をかけてもなかなかカメラを見てくれない。それでもふとした瞬間に見せる表情を撮る。まだあどけない笑顔がかわいい。
 
ホテルの庭からは夏の瀬戸内海が見下ろせるが、西向きな上に白く霞んで撮りづらい。ホテルを出て、近くの常石(つねいし)の集落まで散歩しながら撮影することにした。
  
ホテルから南へ山道を下ると、緑の山肌に張り付くようにひなびた家が建ち並んでいる。
 
僕の好きな瀬戸内の景色なのだけど、たぶん彼女にはその良さを理解してもらえないだろう。僕と彼女では見ている景色が違う。当たり前だ。 
  
彼女がいつか僕と同じくらいの年になったとき、今日撮った写真を見てなつかしさを感じてくれたらよいが、きっと彼女の郷愁は駅前にビルが建ち並ぶ東京の街にある。
 
常石から尾道までの帰りは旅客船で約40分。船は波のない海を滑るように走る。「瀬戸は日暮れて夕波小波」という歌を思い出す。冷房が効きすぎて船室は寒かった。